杖術イラスト

杖術のススメ


当作品について。
これは3年程前、あるイラスト投稿サイトに掲載した作品です。そのサイトに投稿されている作品はほとんど当節流行のイラストばかりでして(当時で云えば「艦これ」や「ミク」ばかり)、武道関連の作品もあるにはありましたけどほとんど目立つ事はありませんでした。(ま、今も同じかな…「おそまつさん」が幅をきかせている訳だし)
じゃ、ちょっと新風を吹かせてやろう!等とバカな事を考えて頑張って書いた物です。
イラストサイトの人達の年齢は非常に若く、下は小学生から上は30歳ぐらい(少数ですけど50才より上の人も居ます。と言っても登録会員数が1000万人以上なので、絶対数的には結構な数です)が中心の活動でしたので、兎に角分かり易い文章で、と言う事でこういう書き方になりました。若しかしたら、初心者の人に読んで頂けるといいかも、と言う事でこのサイトに再掲載しました。
面白く思って頂けると、有難いですね。

平成28年10月26日
執筆 久保 正仁


目次

1,沿革
2,杖術(じょうじゅつ)とは
3,杖術の面白さ
4,やってみませんか、杖術を



1、沿革

有名な江戸時代最初期の剣豪・宮本武蔵。日本人でその名前を知らない人は、多分居ないと思います。彼の著作になる「五輪の書」(偽書の説も有り)は非常に有名な剣術指南書となっています。彼は現代でも小説や漫画の主人公としていまだに華々しく描かれている人です。この剣豪武蔵に敗れた事によって有名になった人もいます。「ツバメ返し」の佐々木小次郎です。この人もまた武蔵とセットで知名度は高いですね。

さて、夢想権之助(むそう・ごんのすけ)勝吉と言う人をご存知でしょうか。多分知っている方は余り居ないのではないかと思います。実際わたしも表題の「杖術」(じょうじゅつ)なる武術を習い始める迄は聞いた事も無い名前でした。権之助は武蔵や小次郎と同じ江戸時代初期に活躍していた剣術家です。

で、どういう人かと言うと、以下の通り。

夢想権之助勝吉は、天真正伝香取神道流と鹿島神流それぞれの奥義を究めた剣術家でした。慶長の頃彼は江戸に出て有名な剣客と数多くの試合をし、一度も不覚(負け)を取った事がありませんでした。しかし或る日剣豪宮本武蔵と試合をし、彼の使う二天一流の極意である十字留の技により敗れてしまいました。

権之助はその後、武蔵の十字留を打破する為諸国を遍歴し、艱難辛苦の武者修業を重ねました。数年後のある日、彼が筑前の国の某神社で修業中夢に子供が現れ、「丸木をもって水月を知れ」との託宣を頂き、そのインスピレーションにより太刀の長さの三尺二寸より一尺長くして四尺二寸一分(約130cm)、直径八分(約28mm)の樫の丸木の武器を作成しました。そして、槍、薙刀、太刀の三種類の武術を総合した「杖術」を編み出し、遂に宮本武蔵の十字留を破ったと伝えられています。(又は引き分けの、両説あり)

「知名度」だけを見ると権之助は小次郎から比べてほぼゼロですね。同じ剣豪武蔵に挑んで(勝ち負けは別として)一方は(ある意味)悲劇のヒーロー、片や草葉の陰の存在。わたし的にはちょっとエコ贔屓が過ぎないかな?なんて思ったりもします。

佐々木小次郎は名前を残しましたが、小次郎流と言う剣術流派は残しませんでした。でも、夢想権之助は「神道夢想流杖術」(しんとう・むそうりゅう・じょうじゅつ)と言う非常に特異な武術を後世に残しました。この違いの差ってとても大きいですよね。少なくともわたしはそう感じています。


2、杖術(じょうじゅつ)とは

簡単に話すと日本武術の中の一つの武器術です。剣術、槍(そう)術、棒術、体(たい)術等の中の一つです。槍や棒より短くて剣より少し長い真直ぐな棒です。ちょっと見には何となく中途半端な感じもあるでしょうね。こんな棒っ切れが武器?なんて思ったりします。実際武器の杖(じょう)は、老人や足の悪い人の使う杖(つえ)でもあります。僧侶の持っている杖も同じようなものです。昔の僧兵はそれを武器として使う事もあった様です。

さて、現在神道夢想流杖術と呼ばれている武術は、当初「真道夢想流」と呼ばれていたのですが、五代目の人が自分自身の技術の創意工夫を加えて「新當夢想流」と改称し、それが代が下るにつれて今の名前の「神道夢想流」と名称が統一される様になったと言う事です。

江戸時代を通じては福岡藩で、主に下級武士が学ぶ捕手術(逮捕術)のひとつとして伝えられてきましたが、明治維新後二十四代の統(師範)である白石範次郎等によって全国普及の基礎が作られました。昭和期に入って白石の高弟の清水隆次高山喜六、乙藤市蔵達が大日本武徳会(当時の日本武術連合体)に参加し、本格的な全国普及が行なわれました。居合、剣道、そして杖道3道の師範免許を持つ中山博道とその弟子も、神道夢想流杖術の普及に大きな影響を与えた様です。そのお陰で、今「杖術」と言うと神道夢想流杖術の事を指す迄の知名度になっているのです。

杖術そのものは日本の剣術、体術各流派に長さや使用方法は違いますが、流派ごとの武器術として修業されています。でも、日本剣道連盟に加盟していると言う事もかなり大きいんでしょうね、やはり杖術イコール神道夢想流と言う感じにもなっている様です。

杖術の技法は昔の人の詠んだ、

『 疵(きづ)つけず 人をこらして戒(いさ)むる敎えは 杖(じょう)の ほかにやはある 』

(…体に傷もつけずに悪人を諌める武術が、杖術の他にあるだろうか?)

と言う道歌(人の道を教える詩など)にその精神が端的に表れています。また技術的なものでは、

『 突けば槍(やり) 払えば薙刀(なぎなた) 持たば太刀(たち) 杖はかくにも 外(はず)れざりけり 』

(…槍の様に突く事も出来るし、薙刀の如く敵の武器を払う事も出来る。また両手に構えればまるで剣の様に使う事も出来る。杖と言うのはそれだけ万能の武器なのである)

と言う歌があります。

先ほどの話の通り杖は唯の木の棒です。剣の様に触れると真っ二つと言う武器ではありません。両手で自由に持ち替えられて左右両方からの攻撃、また防御出来るもので、相手を叩いたとしても、(かなり)痛いものの首が飛んだり手が無くなったりする事はありません。杖術と言うものは、敵(相手)を倒し殺す技では無いのです。「打ち」にしても、剣や薙刀は「切る」ための打ちです。でも杖術の打ちは「抑え打ち」と言って、相手を地べたに抑えてしまう様な打ちなのです。わたし的にみると、合気道(合気会や大東流)の考え方と非常に似通っている様に思えます。合気術もある意味相手を叩きのめすのではなく、一時的に屈服させそして改心させると言う哲学を持っている様です。合気杖もその延長線上でしょうか。

ともかく、杖術と言うものはそんな日本の古武術なのです。%e6%9d%96%e8%a1%93

 

3、杖術の面白さ

神道夢想流杖術を始めて、早…ン年。中々上手になりません。道場に通い頑張って稽古をやっているものの、いつも先生に注意ばかりされています。先輩方にも色々教えて貰っているけど、これも一向にその通り出来ない状態が続いています。

わたしは以前大東流合気武道を習っていました。(合気会よりもっと昔からある合気術武道)ある時武術交流の発表会があってわたしも参加しました。その時にとても変な武術を見ました。真直ぐな棒を持って剣と戦っています。何だか面白くなってその演武を夢中で見ていました。そして虜になってしまいました。どうしてあんなに自由自在に棒を振り回せるのだろうか?!大東流も剣術は習います。(小野派一刀流)でもこれは全然違うものだ。剣術とは明らかに異色な武術を見たあの時の感動は、未だに心の中に小さな炎で残っています。

で、それ以来ずっと虜のままなんです。

神道夢想流杖術は剣道連盟加盟の日本武道です。剣道の試合とは違って「形試合」と言う形式を取っています。殴り合いの試合では無く「寸止め」の試合です。居合道と同じとも言えますね。全剣連で練習されているのは当流の型を参考にした「制定杖」(剣道連盟杖道)です。その元になったものが「古流」と言われる型です。古流の型を簡略化したものが制定杖と言っていいでしょうね。太極拳の場合古式太極拳に対しての簡化太極拳(24式や48式)と言う事が出来るでしょうか。

杖術は剣術を想定敵としています。上に武蔵と試合したと云々しましたが、彼の二刀流(二天一流)に対する想定型も、古流にですが存在します。古流の練習は全剣連の制定杖(現・剣道連盟杖道形)とは独立した練習となります。

わたしも古流を練習させて貰っています。怒鳴られながら…。でも、未だにさっぱり上達していません。極一瞬ですけど、ばかやろー、こんなものやめてやる!とスッパリ杖術から足を洗ってやろうと思う事も。でも、それは飽くまで一瞬の思いで、やっぱり自分にとって杖術は好き以外の何物でも無い様です。

どうしてこんなマイナーな武道に熱を上げているのか、たまに考える事があります。

わたしは武道が好きで小さい時から色々な武術を習っていました。少林寺流空手、少林寺(この二つは違う流派です)、合気道、日本拳法、中国拳法等々。防具付ですけど試合もしました。でもずっと違和感がありました。その違和感が何なのか、暫く自分でも理解できない状態が続いていました。でも、合気道の練習中にふとそれが納得できました。

「わたしは人を殴るのが嫌いなんだ」と。

昔空手や少林寺流をやっていました。当然の事空手の試合は殴り合いです。それがどうしても好きじゃなかったんですね。武道と言う物自体は好きですけど、自分が相手を殴ったり相手から殴られたりするのは、基本的に駄目なんです。それが自分に理解できて、それ以来殴り合いの武道から一切手を引きました。

先に記した武術歌を思い出して下さい。

『 疵つけず 人をこらして戒むる敎えは 杖の ほかにやはある 』

神道夢想流杖術のこの基本理念は、今実際に習っていて「そうなんだ!」と実感しています。で、上達しない悩みとか色々あっても、結局未だに道場に通っている自分が居るのです。%e7%b7%b4%e7%bf%92%e4%bd%9c%e5%93%81%e7%94%a811

 


4、やってみませんか、杖術を

このエッセイは自分の好きな杖術を、出来るだけ多くの人に知って貰いたいと思って書いたものです。更に色んなエピソードも入れるべきだったのかもしれませんが、あまり書き過ぎると自分の主張ばかりの文章になりますので、かなり抑え気味にしました。(これで?と言わない様に)

わたしも経験していますのでよく分かりますが、空手も面白いです。合気道も奥の深い武道です。また、中国拳法もやってみるとすごくノメリ込みます。でも、この神道夢想流杖術という日本武道の面白さも、他に負けていません。奥が深すぎて目まいがしそうな時もあります。

別な見方で言うと(pixiv的に言うと)、イラストや小説で格闘シーンを描く時がありますけど、これってとても難しいですよね。想像だけで書(描)けるものではありません。拳(剣)の握り方一つでも、経験の無い人は書(描)き方に嘘が出てきます。たまにイラストで見ます、剣を指全部でガッチリ持った人物像。この作家さん絵は上手いけど、何も知らない人だ…。剣を指全部で握ったりしたら、それこそ先生にぶん殴られます。

そんな場合を考えて(若干無理があったかな?)杖術と言う武道を習ってみませんか?ストレス解消にもなりますよ。机に座ってばかりじゃ病気になっちゃいます。道場に行って、先生に理由も分からず頭ごなしに怒鳴られるのも、また一興です…。

絵も小説も面白いけど、デスクワークとは違った種類のこんな武道の面白さを経験してみませんか?

おわり