富永幸四郎久友


富永幸四郎久友(とみなが こうしろう 久友)

第七代の統(中興の祖と言われる)

富永幸四郎久友先生の墓石見つかる。以下(普及会だより4、昭和57年12月25日付)より転載

…先頃発見された富永幸四郎久友先生のお墓に、夢想権之助神社建立十五周年記念奉祝会の佳き日に墓参した。富永先生は神道夢想流杖道の伝統系図から見ると,第7代目の師範に当たる。
墓石は約210年前のものであり、現在無縁仏と言っても過言では無い。墓石の表面を見ても長い年月の為表面は読み取る事が不可能であった。
碑文を「素人拓本」で取ってみたが,所々判読しがたい物があったが鋭意検討の結果、先の様に判明した。訳も付けてあるので参考にされたい。

また奇遇にも富永先生の墓の数メートル先に乙藤家(乙藤市蔵先生)建立のお墓がある。

お墓の所在地

福岡市今泉3-1-78
浄土宗 安養院
主職 柴田謙道様

『碑文訳先生のイミナは久友アザナは幸四郎。その先は播磨の宇野氏たり。父某(ちちぼう)本州筑前の国に来たり。性を久米と改め妻を娶り富永氏先生を生む。先生ヒトトナリ温厚寛容、ブギを好んで学ぶ。故ありて家を出て母家を嗣ぐ。故に富永氏と称す。抜刀を原田某に受け、縄法を木邑某、捕縄を稲田某或は萩原某、棒を吉崎棒、数年の間に之を皆熟達す。その他剣術もまた能く究む。諸流を教授、弟子およそ300余人安永元年19月2日家にて病死する。これときに享年56才。安永2年9月トリの年に門人之を建つ』