神道夢想流杖術(旧HP掲載分)


神道夢想流杖術は今から400年前、天真正伝香取神道流剣術の祖、飯篠山城守家直から7代目、夢想権之助勝吉により創始されたものである。
夢想権之助は香取(剣術)の奥義を究めた剣の達人で、背に「日本開山」の文字を染め抜き弟子数名を連れ諸国武者修行の旅を重ねていたという。

その足跡は、

  1. 筑波山神社への4尺9寸3分で、「日下開山無双権之助」銘の太刀が奉納されていた。(筑波神社宝物目録に記載あり。現在は不明)
  2. 寛文6年(1666年)に記された「海上物語」に無双権之助と名乗る無礼な男、宮本武蔵に試合を挑み打ち負かされる、と記されています。

「夢想流伝」では、前記の状況で勝敗は定かでは無いが、武蔵に負けた権之助は武者修行を続け諸国を遍歴し武蔵の十字留めを打ち破るのに工夫専念し、数年後、筑前国(福岡県筑紫野郡)に至り太宰府天満神社に連なる霊峰宝満山に上り、玉依姫を報じる竈門(かまど)神社に祈願する事三七21日満願の夜、夢枕に一人の童子が現れ「丸木を持って水月を知れ」と告げられたという。
権之助は「丸い木と水月」を神託とし、種種工夫し、一本の武器とし、槍、薙刀、太刀の三つの武術を総合した杖術を編み出し、ついに武蔵の十字留めを破ったと伝えられています。
その後、権之助は黒田藩に召し仕えられ、権之助を師範と仰ぎ数十人の師範家を起こし盛大に指南せしめ、己来黒田藩の藩外不出の御留武術として四百年来伝えられてきました。
黒田藩においては杖、捕手、捕縄を男業三業と位置づけられ、一般武士の習得すべき必須武術とし、戦時にはこれらの武術にて会得した技、鍛えた心身を持って戦に臨んだのである。
明治、大正、昭和となり黒田藩の武士であった白石範二郎先生の教えを受け継がれた故清水隆次先生から今日我々に伝えられています。
又、神道夢想流杖術には、併伝武術として神道流剣術、一心流鎖鎌術、一角十手術、内田流短杖術が伝わっております。