乙藤春雄、高山喜六


乙藤春雄(おとふじ はるお)(二十六代)

昭和六十一年没

清水隆次は上京して杖術普及に動いたが、乙藤市藏範士は地元福岡にて、先師白石先生直伝の古流の伝承を守り幾多の子弟を育成。
清水範士亡き後の、全剣連杖道委員会委員長、審査会委員長、大会審判長、神道夢想流杖道振興会会長を務め第二十六代の統として御流の継承と発展に精力的に活躍し、現代武道としての「杖道」の礎を築く。



高山喜六(たかやま きろく)

明治26(1893)年-昭和13年(1938)4月18日)
福岡県宗像郡勝浦村(現在の福津市)出身
享年45歳
玄洋社の一員でもあった
旧大日本武徳会杖術教士

福岡藩で主に下級武士が学ぶ捕手術である「男業(だんぎょう)」のひとつとして伝えられていた神道夢想流杖術を、当流第24代師範の白石範次郎より学ぶ。
師の白石の死後(昭和4年)自宅に「福岡道場」を開き、兄弟弟子の清水隆次、乙藤市蔵らと共に杖術の普及に努めたが、45歳で急逝した。